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卒業式
昨日書こうと思っていたのに、
アイが日曜なのに早起きしてしまって書けず
この日になってしまいました。
(と書き出してからupするまでさらに2日が過ぎました・・・)
震災のことは簡単には語れないので避けたかったのですが・・・

あれから2年が経ちます。
仙台の中心街は、まるで何事もなかったかのように
普通に動いていますが、
ちょっと沿岸部に足をのばすと
まだまだ変わり果てた姿のままのところもたくさんあります。
家族や家を失った人は、二度と同じ生活に戻るということはなく
いろんな意味で今も震災は続いているという状況の人も多く、
同じ被災県の中でも、私の周辺のように
ある程度震災が過去のこととなっている地域や人々との温度差が、
かえって直接被災した人々のつらさを増しているかもしれません。
特に原発の周辺地域の人は、復興への一歩を踏み出すことすら難しく
苦しみも大きいと思います。
身近に生きるものとして、
まだまだできることを考えていかねばと
身が引き締まります。

震災の時、我が家は直接被害がなかったにもかかわらず
多くの方に心配していただき
励ましのお言葉や支援物資をたくさんいただきました。
1ヶ月だけではありましたが、震災後の不自由な生活の中で
どれだけ励まされ、人のつながり支えられたかわかりません。
改めて皆様に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
してもらった分、自分も誰かのために動くべきところ
その後の2年間は我が家の状況も激変し
自分たちの生活のことだけでいっぱいいっぱいになっていました。
4月からまた大きく生活が変わる我が家ですが
今度はもっとまわりに目を向けられるようになりたいものです。

2年前のあの日は、仙台市ではたいていの中学校が卒業式の前日でした。
中学生は早く学校を終え、
高校生は入試の採点期間で休みで
多くの学校が、中高生の安否を確認するのに苦労したと聞きます。
(うちの学校は普通に授業中だったので、欠席生徒以外は全員学校にいて、
むしろ帰れなくなって100人以上が学校に泊まりましたが)

息子の中学校は、幸い建物には被害がなかったので
2週間遅れで卒業式が行われ(卒業式できなかった学校もたくさんあります)
小学校のPTAとして来賓で出席した私は
お風呂もずっと入ってないのに、卒業式用の礼服に袖を通すのが
ためらわれたことなど思い出します。

さて、そんな思いも交錯しつつ
兄ガメの卒業式に出てきました。



卒業式は土曜日だったので
父ガメ、アイと3人そろって参加しました。
早めに着いて保護者席の一番前に座りました。

卒業生の前に来賓の方々が入ってくると
知っているお顔がちらほら。
その中には、
アイが毎日お世話になっている児童館の館長先生、
そして同じ中学校区内にある、隣の小学校の児童館の館長先生はなんと、
アイの保育所の時の園長先生なのでした。
この隣の小学校の児童館というのは、
実はアイがデイケアで週1回お世話になっているところと併設で、
先日面談に行った時にお会いして
思わず先生と抱き合ってしまいましたが、
またこういうご縁があり、本当に嬉しい再会でした。
そのお二人がアイに向かって小さく手を振ってくださいました。

それから、卒業生入場までまだ少し時間があったので
式次第の中にはさまれていた
祝電の一覧を見ると
なんと兄ガメの保育所の園長先生のお名前が。
近隣の幼稚園や保育所ならわかりますが
たった一人しかその保育所からはこの学校に来ていないのに
こうして覚えていてくれて
祝電を出してくださったことに感激し
式が始まる前から涙してしまいました。
前に書いたことがあります(こちら)
その保育所は本当に素晴らしいところだったんです。
中学校を卒業したその日も
たくさんの兄ガメの同級生たちがその保育所を訪れたそうです。
普通、中学校を卒業して保育所に挨拶なんて行かないと思うのですが
まあ公立保育所のように職員の入れ替わりが激しいところと違い
キリスト教系の半官半民のところで
園長先生やベテランの先生方はずっといてくれる、
ということも大きいとは思いますが
それにしても、卒園生達が帰ってきたくなるようなところなんですよね。
(その記事を検索していて昔の記事を読みふけってしまい、時間切れに・・・)

またまた前置きが長くなってしまいました。
と言っても、卒業式そのものについては
別にこれといって書くことはないのです。
ただ、中学校3年間の、少なくとも見た目の変化は大きく、
我が子だけでなく、みんな大きく大人っぽくなったなと
その姿を見るだけでも感慨深くなります。

3年前の入学式では、
(たまたま当番小学校出身だったというだけで)
新入生代表の言葉を読み上げた兄ガメでしたが、
代表に選んでくれた先生のご期待に添えず、
なんだか最後まで結局頑張りきれないできてしまった兄ガメに、
この思春期をうまく支え育てられなかったという
子育て失敗の苦い思いも混じりつつの卒業式になりました。

それでも、何か式の内容に感動して、というより
無意識のうちに、時々涙がポロッポロッと流れたりして
涙腺ゆるくなってますね。。。

ところが、最後の一番感動するはずの「卒業の歌」で
男子がとても大きな声で歌っていてほほえましかったのだけれど、
思いっきり音をはずしていたので、ついク笑ってしまいました。
卒業式で笑うなんて予想もしませんでした。。。
でも、ふつう照れの入る生意気盛りの年頃の男の子たちが
こんなふうに、しっかり大きな声を出して歌っている姿は悪くありませんでした。
このように素直な子どもたちに育ててくださった学校には感謝です。

卒業式というタイトルながら
それ以外のことばかり書いていましたね。すみません。

実は、今日は公立高校の合格発表の日になってしまいました。
兄ガメは結局最後まで「やる気スイッチ」が入らず
力を伸ばすことができなかったにもかかわらず
実力に見合わない、C判定の高校を受けました。
(もう少し安全圏の学校を勧めたのだけど
どうしてか、その学校はイヤだと言い張って)
本番で奇跡が起きるはずもなく、やはり試験はできなかったそうです。
だから、今日は彼にとって、
初めての大きな試練を味わう日となるだろうと
親も数日前から覚悟し、
どういう言葉をかけようか、
どうしたらしっかり受け止め支えてやれるかばかり考えていました。
でも、今まで甘い考えでここまで来てしまった兄ガメには
前からここでも書いていたように
厳しい現実を身をもって体験することは
きっと貴重な人生の勉強になるはずです。
何とか親としてそれを支えていければと思っています。

というわけで、しばらくまたバタバタすると思いますので
落ち着いたらご報告しますね。








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[2013/03/13 05:49 ] | 兄ガメ | コメント(0) | トラックバック(0)
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