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今度は実家
前回は思わせぶりな書き方をして
ご心配をおかけしたかもしれません。
すみません。

実は、先月実家の方で祖母の三回忌があり、
ずっと家族旅行などもしていなかったので
家族みんなで出かけるいい機会と思って、
珍しく家族4人そろって実家に行ってきたのです。
親戚の人たちもたくさん集まり、
いい時間を過ごしてきたのですが、
なんとその翌日、父親が緊急入院したとの知らせ。
えっ、昨日は元気だったのに、一体何?と思う間もなく、
そのまま手術。

実は少し前からお腹が痛いとは言っていたらしいのですが
どうも腸閉塞のようだからと、即手術となり、
手術してみたら(たぶんお医者さんはする前から予想していたのでしょうが)
腸閉塞の原因は癌だったとのこと。
しかも肝臓にも転移していて、この手術では取り切れなかったと。
たった2・3日のうちに、あまりの急展開に
家族は皆ちょっと心がついていけませんでした。

でも、その後またすぐ実家に行き、
(1ヶ月に2回も行くなんて実家を出て以来初めて!)
父本人や母やきょうだいたちに会い、話をして、
またいろいろ自分でも本をよんだり調べたりして、
少し冷静になってきました。



同居の両親の介護が始まって、いずれ自分の親も
そういう時が来ると覚悟はしていたつもりだったのですが、
やはりどこか、自分の親だけはまだ大丈夫と思い込んでいたんですね。
不意を突かれて、動揺してしまいました。

今や、癌というのは珍しい病気ではなく、
日本人の2人に1人がかかると言われていますし
癌、即 死、というわけでもありませんから、
きちんと向かい合って、千差万別と言われる病状を
よく理解した上で、一番今の父に合った治療法が選べればと思います。

今は本人にも告知して患者自身が納得できる治療法を選んでいく
というのが主流のようで、父にも手術後1週間して告知されました。
父は良くも悪くも感情の表現が激しい人なので
どう受け止めるか、母はかなり心配していましたが、
思ったより全然冷静で、治療に対しても意欲的だったということでした。

ただ、腸閉塞の方もひどかったので、そこはもう本人の選択という余裕もなく
人工肛門をつけられてしまい、たぶん、今は癌のことより
そちらに慣れるのが大変という感じです。

それでも、私がお見舞いに行った時には、
ベッドにたくさん仕事を持ち込んで
(もちろん退職して有給の仕事はありませんが、
地域のいろんな役員をしていて、新聞を編集発行するということで)
ベッドの上から電話をして記事を依頼したり、自分でも書いたりと
相変わらず活動的な父の姿を見て、少し安心しました。
この気力があれば、治療にも積極的に取り組めるでしょう。

年齢的に言えば、男性の平均寿命を超えた78歳ですから
癌でなくても、先は知れているので
それほどショックを受けるような年でもないのですが、
それでも、自分の親となると、こんなにショックを受けるものかと
自分でも驚きました。
やはり何でも自分の身に降りかかってくるまでは「ひとごと」なんですね。
山のように、ガンにまつわる本もドラマも目にしているはずなのに。
今回初めて本気で知識を得ようと、まともに読みました。

ガンは一つの老化であり、年を取ればかかるのも当たり前で
それほどこわがる必要もないということ、
ただ、種類がそれぞれに違い、それによって効果的な治療法も
生存率も全く違うし、また同じ場所の癌であっても、
個人による差も大きいということ、
緩和ケアなんて末期ガンのためだけと思っていたけれど、
痛みを減らすことでむしろ寿命も延びるということ、等々
いろいろ目からウロコ的な、今の癌の「常識」も初めて知りました。

完治は難しいかもしれない、というか
それを求めて意味があるのか、ということも含めて
これから父が少しでも楽しく有意義に、
そして少しでも長く生きられるためには、
他の病気よりは癌で良かったのかもしれないとさえ、思えてきました。
もちろん何もなく100歳まで生きる人もいますけど、
とにかく父らしく、何にでも好奇心旺盛で活動的な父らしく
そういう生き方をこれからも送れるよう、
遠くにいて、実質はなかなか手伝えませんが、
できる限りのことをしていきたいと思っています。


震災以来、一難去ってまた一難というか、
次々に心配事が続き、なかなか落ち着く暇もない我が家で
受験生の兄ガメもほったらかし(部活引退して遊ふ時間が増えただけ・・)、
アイも疲れがたまって、いろいろ学校で問題起こす日々が続いています。
仕事を辞めれば、実家を往復する旅費もままならなくなるし、
来年度どうしようと、思い悩む日々です。
(兄は来年では遅いんですけど。いいかげん、そろそろ勉強してくれ〜!)



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[2012/07/08 07:35 ] | 母ガメ(自分のこと) | コメント(4) | トラックバック(0)
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コメント
カメちゃん、去年から今年 本当に色々な事がありますね。
今度はお父さまですか。。。離れているから尚更心配も増す事でしょう。
でも すぐに会いに行けて 顔を見れて 色んな事を考えられたことでしょう。

病気は嫌と言っても やってきてしまうものですが、お父さま 上手に病気と付き合って 良い時間を長く過ごしていただきたいですね。
周りの方も大変な事も多いでしょうが、近くで支えてくれる人を 遠くの者は支えるような 心の部分の支えが大きくなると思います。
どうかみなさんで 支えあってくださいね。

とはいえ 遠くにいるって 歯がゆいですよね。
無理のないようにしてくださいね。

[2012/07/11 22:07]| URL | may #yErO6BWs [ 編集 ]
生きるということ。
驚きました。

でも、お父様の生き方に、感動しています。さすが、カメさんのお父様ですね。

すぐ、後ろ向きになる自分の生き方を、反省させられます。

病気について、勉強されたカメさんには、蛇足になるかもしれませんか、私の親戚のお爺さんも、がんで、70才すきに、人工肛門つけて、90才まで、お元気でした。

私など、痛い足を引きずって、生きる意味も、分からなくなり、虚無感から、自分は、生きている意味あるのかななどと、思ってしまいます。罰当たりですよね。

だから、お父様の前向きなお姿に、感動しました。きっと、内面では、いろいろな葛藤が、おありなんでしょうが。それを乗り越えて、自分の生き方を見失わないお姿に、頭が下がりました、


[2012/07/13 23:22]| URL | まこ #3rp9YX9M [ 編集 ]
mayちゃんへ
どうもありがとう。
両方のお父様を立て続けに亡くされたmayちゃんは
離れていても、できるだけのことをされて
今は悔いなく、むしろその後さらに残された家族の絆が
深まっているようなので、素晴らしいなと思います。

私も、遠くにいて、実質は何も手伝えなくても
少しでも心の支えになれるよう、自分にできることを
考えていきたいと思います。

それにしても昨年からほんとに一度に厄年が来たような
我が家ですが、その代わり夫婦間のコミュニケーションは
ずっと増えて、共に支え合う気持ちは強くなったかもしれません。
悪いことばかりではないので、自分も家族に支えられつつ
頑張りたいと思います。
[2012/07/14 07:35]| URL | カメ #- [ 編集 ]
まこさんへ
私も、父がもっと落ち込んでいるかと思っていたので
予想よりずっと「普通」な様子(まあ子どもの前では
強がっているところもあると思いますが)で、
母に対してもいつも通りよく怒鳴っていて(笑)
少し安心しました。
小さい頃は私とは正反対の父の積極性、行動力、社交力(?)を
ずっと疎ましく(自分も強要されるので)思ってきましたが
こういう状況になると、それが強みになっているのかなと
思います。

まこの痛みは長期間に渡り、原因もよくわからず
どんどんひどくなるので、気持ちが萎えるのは当然だと思います。
それで自分を弱いと責める必要は全くないと思います。
他人にはなかなかその痛みのつらさを理解できないので
精神的な苦痛も大きくなることでしょう。
むしろ、私にはまこに対して何も力になれない自分の
無力さを感じ、ここまで頑張ってきているまこに
頭が下がる思いです。

でも、死なない限り、どんな状況でも、人間は生きられる、
というとヘンな言い方ですが、つらい状況の中でも
その中で生きていくために必死になる。
生きる意味なんてわからない。
でもいつか死ぬのは確実だから、あわてる必要はない。
それまで少しでも楽しみをみつけて、
最後まで生きる道をさぐっていきましょうよ。
わけのわからないコメントになりました。

まこのご親戚のお話、そういう実例を聞くと
本当に励まされます。父母にも伝えたいと思います。
どうもありがとう!


[2012/07/14 07:57]| URL | カメ #- [ 編集 ]
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