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ちょっと悲しい学芸会
土曜日は、兄ガメの学校の学芸会だった。
兄ガメは、ふだんの家でのいいかげんさとは全く違う、
立派な発表態度で、やるときはやる(というか
父ガメと同じで外面がいいというか・・)、というところを
見せてもらって、それは良かったのだが、
他のことが気になって、どうも感激だけの学芸会
とはならなかった。。。
それは、兄ガメと同級生のダウンちゃん、Tくんのこと。
Tくんは、まず、「あおぞら」という特別支援学級全員での
出し物に出ていた。
Tくんにだけは、担当の先生がずっと黒衣のように
背後にくっついていて、手を引っ張って移動したり、
セリフを言う時は、マイクを差し出したりしていた。
Tくん以外の子はそんなマイクはなしでセリフを言っていたのに。
おそらく、Tくんの声は低く、発音もはっきりしないからかと思うが、
マイクを向けられると、思いっきりしゃべるので、
逆にTくんの声だけが異常に大きく響いて、目立っていた。

去年までは、そんなふうではなかった。
「あおぞら」学級の中でも、特別Tくんにだけ手がかかるように
見える、なんてことは、今までの学芸会ではなかったことだった。
なぜ、こんなふうにしかできなかったのだろうか・・・
Tくんは、一人でもちゃんと動けるし、話もたくさんできる。
なのに、なんか、舞台の上で、先生に動かされる人形のようで、
見ていて、悲しいような腹立たしいような気持ちになった。
地引き網で見た時から、相変わらず、先生とTくんの距離は
縮まっていないと感じた。

それでも、「あおぞら」の劇だということで、
劇が終わると、観客は大きな拍手でたたえた。

その後、4年生の演目にもTくんは参加した。
それは毎年そうで、「あおぞら」の子たちは、
「あおぞら」としての演目の他に、学年の演目にも
参加することになっている。
これまでは、Tくんに合った役で、うまく入り込んでいた。
ところが、今年、兄ガメたちの演目は、動きが全くない、
切り絵と順番に朗読をつなぐ、「夕鶴」の朗読劇。
それぞれに、相当長い文を覚えて朗読していくので、
Tくんには、朗読の部分での担当はなかった。
朗読の間は、ずっと一番はじっこの席に座っているだけ。
最後に、全員で歌を歌うときには、Tくんも、しっかり
歌っていたが、ちょっと今年の演目は、Tくんには
参加しづらい形式だったなと、そのことでもため息が出た。

父ガメなどは、4年生で、こんな格調の高い朗読劇に挑戦した
先生は素晴らしいと感心し、それをとても上手にこなしていた、
兄ガメはもちろん、4年生たちをすごくほめていたけれど、
私も、Tくんのことがなければ、同感で、
さすが、普段から、言葉を大事にしてくれる先生の、
選択と指導の素晴らしさに感心し、また子どもたちも、
どの子も、とても言葉の一つ一つを大事にして、
よく読み込んでいるのが伝わり、気持ちのこもった、
表情豊かな朗読だったと思ったけれど、
どうしても、Tくんが手持ちぶさたに、フラフラ体を動かしながら
ずっと座っていた姿がひっかかってしまって、
心から楽しむことができなかった。

それに追い打ちをかけたのが、帰ってきてからの
おばあちゃんの言葉だった。
おばあちゃんは、Tくんを知らないわけではないが、
「あおぞら」に出ていたから、4年生の方に出るとは
思ってもいなかったらしく、目も悪いので、Tくんとはわからず、
「すごくみんな上手だったけど、一人だけ後ろの席で
 ヘンな子がいたね。ずっと体を動かしてたけど、
 なんかおかしい子なの?」
と聞いてきたのだった。
おばあちゃんは、とてもやさしい「いい人」だし、
アイのこともすごくかわいがってくれる。
けして、意地悪な人でもなんでもない。
それでも、みんなの中で、同じような行動がとれない子は
「ヘンな子」というふうに、とらえてしまうのだ。
それは、知らない、見慣れない、ということだけなのだけど、
「いい人」が無知ゆえに犯す罪、というものを、
改めて感じさせられた。
いい人の言葉だからこそ、悲しい、というか。
おばあちゃんを責める気持ちはない。
いや、おそらく私自身、もしアイがダウン症でなかったら、
そしてTくんのことを、こんなに知らなければ、
同じように思っていたかもしれないのだ。
おそらく、おばあちゃんが感じたことは、
多くの一般の観客が感じたことでもあるだろう。
なぜ、あの「おかしな子」が、この中に混じっているの?と。
「あおぞら」という枠で出てさえいれば、観客は安心して
よく頑張ったと拍手をくれる。
でも、みんなの中に入った時、ちゃんとできなければ、
そこには厳しい視線が送られる。

おばあちゃんには、あれはTくんで、「あおぞら」でも
出たけれど、学年の出し物にも毎年出ているんだよと
説明したけれど、「あら、そうなの。」と言っただけだった。
私の話し方が、いつもより少しキツくなっていたかもしれない・・・

そんなこんなで、兄ガメのことより、Tくんのことが
気にかかった学芸会となった。
どうしても、アイの姿とだぶってしまうから。。

保育所では、先生やお友達はもちろん、まわりの親御さんたちも
温かく見てくれる人が多いが、全員ではない。
やはり中には、同じ保育所に預けているのに、
あの子にばかり先生が手をかけているのは、不公平じゃないか、
と見ている人もいる。(こちらから言わせてもらえば、
アイがいるおかげで、一人加配の先生が増えたわけなんだけど)
事実、どんなに笑顔で挨拶しても
無視、とまではいかないけれど、いつも冷ややかな表情で、
絶対言葉を交わしてくれない人もいる。
それが学校になれば、あきらかに、なんでそんな手のかかる子が
うちのクラスにいるの?という目で見る人が多くなるのは
仕方のないことだろう・・・

先日の教育番組を見て、こんなふうに一緒に育っていけたらいいな、
と思ったばかりだが、またもや、人の目の厳しさを思い知り、
ちょっぴり心が沈んだ。

ま、でも、先のことを思い煩っても仕方ない。
今は今の生活を100%楽しみ、少しでも、多くの人に
アイのことを知ってもらい、理解してもらい、
身近に感じてもらえるように
私自身が心を閉ざさず、笑顔作戦で、味方を増やすように
心がけるしかない。

そうそう、学芸会で、いいこともあった。
帰る頃、雨が降り出したので、傘を持っていかなかった
兄ガメに、傘を渡そうと、校門のところで待っていたら、
実にたくさんの人に声をかけてもらった。
野球チームの子どもたち、お母さんたち、保育所のお友達など・・・
皆、「アイちゃ~ん」と親しげに、寄ってきてくれる。
前の記事でも書いたけれど、
去年までは、そんなにたくさん知り合いもいなかったが、
この一年で、ずいぶん顔見知りが増えた。
一方、知らない子などは、ジロジロとアイの顔を見たりする。
やっぱり、「知る」こと、実際に触れ合うことが、
理解と共感を得る、一番の近道なのかなと思う。
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[2007/11/12 15:37 ] | ダウン症・障がい | コメント(13) | トラックバック(0)
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コメント
>やっぱり、「知る」こと、実際に触れ合うことが、
理解と共感を得る、一番の近道なのかなと思う。

その通りだと思います。
知って可愛いと思って もっと知りたい、関わりたいと思ってもらえるようにする事が 繋がりを広く太くしていける道だと感じます。

だけど・・・100%っていうのは 難しい事です。
自分の周りに こういう状況が出来たから
私だって 色んな人に 目が向くようになり、その人なりの生き方や特徴が分かって来たけど、RYOが障がいを持っていなかったら、今のような私だったか・・・分かりません。
それでも 一つ一つの出会いが、その時は冷ややかでも
いつか 何かの形で 活きてくれるんじゃないかと
いつも思います。
私は あまり 冷ややかな人の事は書きませんが
確かに冷たい人、間違った正義を振りかざす人、
『いわゆる普通』以外を排除しようとする人、いろんな人がいます。
でも 腹は立つけど、その人も認めていかないといけないといけないのかな?とも思います。
少しずつお互いが変わっていけるような働きかけが必要なんだろうと・・・。
無理強いは 余計に相手を頑固にしてしまう事が多いです。

Tくんの事、先生たちも 『何か 今までと違う』と
思わなかったのでしょうか?
それを 言い出せる先生が出てくる事を祈ってます。
多くの人が その光景に 疑問を抱いて 対応が変わってくれたらいいね。

同じ場所で過ごす意味、もう一度 先生方も考えてくれたらいいね。
兄ガメくん達は どう感じたんだろうね。
そういう部分も 子ども達も交えて考えていけたらいいんだろうね。

ま、あまり悲観せず カメちゃん親子に出来る事から頑張って(^_-)-☆
 
[2007/11/12 17:12]| URL | may #yErO6BWs [ 編集 ]
学芸会、いろいろな見方があるね。自分の子どものこと以外にも考えてしまうんだね。v-15
[2007/11/12 21:38]| URL | みゆきちゃん #- [ 編集 ]
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[2007/11/13 00:23]| URL | みんな の プロフィール
#- [ 編集 ]
排除する事で質が高いものを創る?
 均質な子がそろっていて一糸乱れぬ形が美しいと感じてしまうのは、かつての軍国主義時代に舞い戻ってしまうような気がします。富国強兵にはそうであることが求められていました。
 本当は、いろんな子がいて当たり前、という世界観が育って欲しいところこそが学校なんですよね。家庭の中だけで育った子が、社会に出て行く最初のところが学校なんですよ。社会に出て最初に気がつくのは、自分とは違う人がいると認識することです。自分とは違う人と一緒に社会の中で生きていくことを経験していくのが学校のような気がします。
 他人と、同じような考えをもち、同じように感じ、同じように行動すれば、生きていくのがとても楽です。でも、こうすることは、実はそうでない人を排除する事です。基本的にその先生はインクルーシブという考えを排除して、自分が楽に行きたいのか、あるいは、均質にする方が子供にとっては幸せなんだと考えているのでしょうか。
 西欧やアメリカが、日本との根本的に違うのは、日本では他人と同じように考える事、同じように行動する事が人としての最低条件だと思われているのに対して、他人とは違う事、ユニークであることこそが絶対条件です。そういう意味では日本にはインクルーシブは定着しにくいのかもしれません。
 地道に一歩一歩私たちが、インクルーシブな世界が一番いいんだよということを広めていくしかないのでしょうね。

みやぎダンスの講師をしている人のブログを紹介します。
http://blogs.yahoo.co.jp/shiba_wan_shiba/53147594.html
[2007/11/13 01:13]| URL | 大介パパ #RXjsLQls [ 編集 ]
大丈夫!
少し寂しく悲観的な気持ちになられたかもしれませんが
カメさんが、“たぶん観客の誰もがそう感じたであろうと思うおばあちゃんの気持ち”をすごく重く受け止めすぎているかもしれないなぁと、思いました。
カメさんの感じたことは、私も同じように受け止めるような気がします。
だから夕べ、最初にブログを読んだ時には「う~ん。。。」という感じでコメントできませんでした。でも一晩たってみると、おばあちゃんもそんなに深く考えての言葉だったわけではなく、ただみんなと違って目立ってたね・・・と見たまんまを言っただけのことかもしれなく、カメさんもアイちゃんのことがあるから、強く印象としてT君のことが残るけど、もしアイちゃんがそうでなかったら、感じ方も違っていたかも・・と思うのです。だから観客がみなそう感じたであろう、と、断定して悲観する必要はない気がします。ただ、T君が学年の演目で彼にできる役割を与えてもらえなかったのはかわいそうだったですね、だから緊張感もなくてふらふらなてしまったんだろうと察するので。
私は人の目、人の感じ方なんて気にすることなく、堂々と胸を張って生きる人間が一番強いと思ってます。
笑顔作戦で強く上手に生きていこうね^^
アイちゃんとカメさんなら大丈夫☆
[2007/11/14 11:59]| URL | tiisai-ningyo #- [ 編集 ]
mayちゃんへ
人はみんな違う、違う良さを認めてほしいと言いつつ、
みんなに同じように感じてほしいと思ってしまっているところが
あったかもしれません。
100%でなくて当たり前、人皆それぞれ感じ方・見方は違う。
そのことも受け入れつつ、その中でも、やはり、少しでも共感を
多く得られるためには、こちらが変わっていくしかないのでしょうね。
mayちゃんとRYOくんは、もう17年も、そういう積み重ねを
してきたからこそ、今、こんなにも多くのお友達と理解者がまわりに
増えてきたのだものね。その様子を読んでいると、
本当に心強くなります。
ブログにはなくても、その陰には、いろんな人、いろんな言葉や
態度に接して、傷ついたことだってあったことと思います。
でも、そんなのにめげずに、どんどん外に出ていくことで、
いつのまにか、嬉しいこと楽しい気持ちの方が上回るように
なっていったのですものね。
私たち親子は、まだまだ社会への一歩を踏み出したばかりで
ホントひよっこなんですよね。だから、こんなささいな事でも、
自分たちのことに置き換えて、少しへこんでしまうけど、
それは、むしろ自分の方が、いろんな人を認め受け入れる
余裕のなさのあらわれかもしれませんね。
もっともっと、mayちゃんみたいに、しなやかな心に
なっていきたいものです。

ただ、やはり、先生によって、ずいぶん学校生活のあり方も違うな
ということは、改めて感じてしまって、こういう時、親はどこまで
口を出していいものなのか、自分の子だったら、悩みそうです・・・

それはさておき、mayちゃんみたいに、笑顔の素敵な親子をめざして、
小さなことにとらわれず、どんどんお友達増やしていきたいです。
[2007/11/14 15:14]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
みゆきちゃんへ
いやいや、文章にすると、このことだけクローズアップ
してしまいましたが、純粋に、6年生の合唱など、
素晴らしい出し物に感動したり、1年生のかわいい演技にほほえんだり、
学芸会そのものも、楽しんできたのですけどね。
ただ、私は、運動会でも何でも、子どもの行事では、結構
我が子だけでなく、どの子の姿にも、感じやすい方ではあります・・
[2007/11/14 15:23]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
大介パパさまへ
いやいや、大事なことは、何度でも繰り返すこと、必要ですよね。
特に、日本人って、ほんと、いくら理想を掲げても、どこかに
均一であること、同質であることを良しとする、という発想が、
根っこにある気はしますからね。
やはり、実際に、みやぎダンスのような世界に触れ、感じていく、
ということが必要かもしれませんね。
そして、それはけして人を批判できることではなくて、親自身の中の
価値観をも、一度キレイに壊す必要があるのでしょうね。
私自身、tiisai-ningyoさんのコメントで気付きましたが、
今回のことを「悲しい」と感じたのは、Tくんの見られ方を
我が子に置き換えたからで、それはつまり、「人の目」を気にして
そうなったというところがありますからね。よく大介パパさんが
おっしゃるように、まずは親自身の問題、ということが多いのかも
しれませんね。
しばわんさんのブログのご紹介ありがとうございます。
まさに、13日の記事など、本当に、いかにこの人たちが、
ラクラクと枠を超えて、自分らしさを発揮できるか、そして、
そんな「場」をみやぎダンスが創り得ているかを
物語っていますね。いいお話でした。
[2007/11/14 15:31]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
tiisai-ningyoさまへ
そうなんですね。この文章では、すっごく悲観的に書いてしまった
のですけれど、その日は、そんなにうんと悲観的な気分で帰ってきた
わけではなかったんですね。みゆきちゃんへのお返事にも書きましたが、
学芸会のいろんな場面を、いっぱい楽しみ、感動の涙も流してきた
はずなんですが、Tくんのことだけクローズアップして書いて
しまうと、それだけが頭に残ったみたいになってしまいました。
もう一つは、最後のtiisai-ningyoさんの言葉でハッとしたのですが、
私がTくんのことを「悲しく」感じたのは、それは、自分に置き換えて、
結局「人の目」「人の感じ方」を意識したから、なんですよね。
それでは、初めてダウン症と告知されてショックだった、という
ところから、進歩してないことになりますね。
少しずつ、人の目なんか関係ない、というところへ脱皮してきた
つもりだったのですが、まだまだですねえ・・
ちょっと恥ずかしくなってしまいました。
いや、ショウガイのあるなしに関わらず、人の目を気にしたり
振り回されたりするのが、一番愚かなことですよね。
(私は少なからずそういう傾向があるから、よけいに思います・・)
しっかり自分を、我が子を信じて、胸を張って生きたいものだと、
改めて思いました。いつもハッと視点を変える一言をありがとう!
[2007/11/14 15:39]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
お久しぶりです!
学芸会…
感じるところありますね!
自宅のパソコンが使えなくなり、今もこうしてさいたま新都心のボランティアで来ている時間を利用してメールをしています。

先日、市立の養護学校の文化祭に行ってきました。

とても感激をしました。

詳細はまたの機会に書きたいと思いますが、そこで心穏やかになってきたのを思い出し、そのときの事と比べてしまいました。

少し悲しい…
私も同じ気持ちです。
[2007/11/15 15:54]| URL | 桜狸 #HHe7UC0g [ 編集 ]
桜狸さまへ
皆さんへのお返事に書いたように、もちろん
兄ガメの姿や、また他の学年の発表でも、感激して、いい涙も
流したのに、このことだけ書くとうんと悲観しているようなんですが、
全体的には、「ちょっぴり」心にひっかかった程度なのです。
でも、やはり、もっとTくんの良さを活かすことは
可能であっただろうに・・・と思うと、スッキリしなくてね。
つい、ここに一言”誰にも言えない”感想を書いてしまいました。

養護学校の文化祭のお話、ぜひお聞きしたいです。
HPかブログでのご報告、楽しみにしております。
[2007/11/16 05:02]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
なぜ、こんなふうにしかできなかったのだろうか・・・ってきっと私も思うと思います。
それは、特殊学級の先生によって、その考え方、取り組み方で随分違う事になるだろうって知っているから。
4年生の演目にしても、しかりで、担任の先生がT君をどうとらえているのかが透けて見えるようで、私も落ち込むと思います。クラスのトップ10人くらいでやれば、もっと格調高いものができるだろうに・・・と少しひねくれもはいるかもしれません、そこにいたのが私ならw
おばあちゃんも、義母が言ったなら、これ幸いに悪意にとって、旦那を攻撃する武器にするし、自分の母ならいたしかたないかなって思ったりします。

こう書いていると私ってやはり毒々しいかも・・(。-`ω-)ンー

本当の意味で、自分の子供を知ってもらうって、なんて難しい事だろうと思います。それなりに流せてしまう所に、突っ込んでいかないとダメなんだろうなって、思いました。

[2007/11/18 22:23]| URL | ころん #0MXaS1o. [ 編集 ]
ころんさんへ
そうですね。「知ってもらう」と言っても、どの程度を目指すのか、難しいところですね。自分とは違う世界と見ることで、情を寄せてくれる人も、直接自分の子の利害(?)に関わるとなると、見る目も厳しくなるのは当然で、そこまで他人に理解と愛情を求めるのは、無理というものでしょうね。無理に一緒にさせることで、親も子もつらい思いをするなら、堂々と安心していられる場所にいた方がいい、と思ってしまいますね。そのあたりの兼ね合いが難しいと思います。
息子の担任の先生は、とてもいい先生なのですが、やはり、交流しているTくんのことまで考える余裕はなかったのでしょうね。というか、普段の交流の程度が、これで知れるような気がして、その点、ガッカリしましたね。
まあ、親の気持ちはともかく、どういう環境がその子にとって一番いいのか(どこだって、そんなカンペキなところはないから、それぞれの長短を考えて)、この先悩みそうです・・・
[2007/11/21 05:43]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
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