スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:-- ] | スポンサー広告
夏の体験
いよいよ9月。
全国的にも、夏休みは終わり、暑さもさすがに
一段落したようで、「秋」が始まりますね。
仙台は、一足早く、帰省から戻ったら、暑い日は2・3日で、
あとは、エアコンなどいらず、ここ2・3日は肌寒いくらいで、
一気に秋の気配が色濃くなり、県花の萩が咲いているのも
目にしました。。。

というわけで、次々とまたいろんな活動も始まり、
夏のことなど遠い昔になりそうなので、今日こそ、
この夏の、私の「初体験」を語りたいと思います。
実家の近くに住む妹が、勤める養護学校
(既に「特別支援学校」と名称を変えているところも多い
ですけれども、ここでは「養護学校」と書かせていただきます)で、
4回のサマースクールのボランティアを募集していて、
帰省期間中には、1回しかなかったけれど、
1日だけでもいいということだったので、
申し込んでありました。

実は、私は、いわゆる、積極的に誰かの手助けをする、
という意味での、ボランティア活動というものは、
ほとんど経験がなく(高校時代に、そういうサークルで
ちょこっとはやったことありますが)、
特に、ショウガイのある人の、介助的なボランティアというのは
初めてでした。

そして、アイの同級生のお母さんたちの中には
既に、養護学校などを、どんどん見学している人もいますが、
私は、前は、地元の小学校しか考えていなかったこともあり、
見学などしたこともなく、
「養護学校」というものも、初めてだったのです。

というわけで、初めてづくしのボランティアで、
大丈夫かなあと、かなり不安と緊張は感じつつ、
ボランティアには、中高生も多いと聞いて、
知識や体験がなくても何とかなるだろうと思って、
当日に臨みました。

学校までは、妹と一緒に行きましたが、学校に着くと
さすがに妹はもう「職員」ですから、
すぐに「仕事」だし、担当学年も違うので、そこからは
私一人で、他のボランティアの人に交じって行動です。

妹の学校は、知的障害の子が多いところで、
中には重複の子もいて、車椅子やいろんな補助器具を
つけている子たちもいますが、割合は少ないようです。

私の担当学年は、小学部の3年生。
私の担当のクラスには、5人の在籍で、2人先生が
ついています。そこに、その日はボランティアが
2人入りました。
と言っても、もう一人のボランティアの方は、
なんと現役の先生で、去年までこの学校にいて、
別の養護学校に転勤になったという方。
去年までその学年を担当していたということで、
完全に「プロ」なので、先生3人に、シロウト1人、
と言う感じでした。
それぞれ担当の子も決められました。
私の担当は、自閉症のK太さん。

そうそう、朝の打ち合わせでは、
この学校では、生徒の人権を尊重するという意味で、
手首をつかまない、ということと、
名前には「さん」をつけて呼ぶことにしています、
というお話がありました。
私など、つい、兄ガメより小さな男の子なので、
うっかり「K太くん」と、何度か間違えて
呼んでしまいましたが、
先生方は、○○さん、という言い方に、すっかり慣れているようで、
直接呼びかける時だけでなく、先生同士で生徒の話をする時にも、
「○○さんは、この頃ずいぶん落ち着いたね。」とか
常に、さん付けで名前を言ってました。

私の担当したK太くんは、口からは、「イ~」というような
音声しか出ないのですが、なんと、手のひらに文字を書いて
意思の疎通ができるという、特徴を持っていました。
ただ、自分の関心のある、食べ物(KFCとか、カツ丼とか)の
名前をしょっちゅう書くということで、そういう時は、
流してください、と言われました。

最初は、初めての人間に、「なんだろう、コイツ」的な
顔をしていたK太くんでしたが、
私の手のひらに何度も「KFC」と書くので
私もK太くんの手のひらに「KFC」と書いたら
少しうれしそうにして、それから手をつないでくれました。

一時間目はプール。
(半年でやめてしまったけれど、アイのスイミングのおかげで
「今風」の水着があり、プールに入るのに抵抗なくて良かった・・・)
K太くんは、顔に水がかかるのを嫌がります。
みんなでぐるぐる回って歩く時に、外に出たがって
私一人では押さえることができず、
結局、担任の先生が対応してくれたり、
プールから教室に戻る時も、
突然大泣きして動かなくなって、途方に暮れていたら、
通りかかった他の先生が、K太くんの様子を見て、
「ああ、水が飲みたいのね。そこで飲んでいいよ。」と
水道のところに連れて行ってくれたら、おさまったり、
やはり、先生方はさすがだなあ、と感心しました。

次は音楽遊びのボランティアの方が来て、
他の学年も一緒に、広い所での音楽遊びでした。
K太くんは、あまり興味なさそうで、
私の手のひらに、また「KFC」や食べ物の名前を
書くことの方をやりたがっていました。
最初、無理やり、みんなと同じ音楽遊びをやらせようとしたら、
怒って、持っていたボールを投げつけてしまったりして、
こういうときも、どこまで設定遊びをやらせて、
どこまで本人のやりたいことを受け入れてあげるのか
対応の難しさを感じました。
私の担当のクラスの、若い女性の担任の先生などは、
ついていた子が大暴れして、先生の髪の毛を
ものすごい力で引っ張っていて、ハラハラしたけれど、
すみの方に行って、何とかその子が穏やかになるまで
一人でずっと対応していらして、
ほんとに体を張って、頑張っておられるなーと
何だか胸が痛くなる思いで見ていました。
(その日、帰ったら、妹も、腕に、強くつねられたという
 ひどい青アザが。前にもそんなことがあり、
 やはり大変な仕事だと思いました。)

その日は、給食はなく、お弁当。
私は、朝コンビニで買っていった、オニギリとパン。
K太くんは、おはしも上手につかって、
ほとんど食事は介助もいらず、食べていましたが、
おにぎりを、パクッとかじったのを見て、
担任の先生は、「おっ、初めて、おにぎりを
手に持ってかじったな。○○先生(私のこと、
ボランティアも「先生」と呼ばれます)の
まねをしたのかな。」と言われました。
いつもは、おにぎりも、ふつうのご飯のように
くずして食べるということでした。

食べている間も、持ってきたお箸が
たまたま「すき家」の割り箸だったので、
食べる合間に、私の手のひらに、何度も
「すき家」と書いていたり、
私のコンビニの袋を見て、
「サークルK」と書いたりしていました。

お昼休みは、先生方が連絡帳などに
記入していて、子どもたちは、それぞれの
遊び道具を出して、自由に過ごしています。
ここぞとばかり、K太くんは、お絵描きボードを
持ってきて、好きな言葉を書き始めました。
手のひらだと、やはり、書かれた文字が
見当がつかなかったり、違う言葉に読んでしまったりするから、
こうしてボードや紙に書くとハッキリするのが、嬉しいみたい。

自分指差して、「すき家三種チーズ牛丼弁当並盛」と
書くのです。私がそれを読んだら、大喜び。
次は、私を指差して「サークルKのおにぎりとパン」
と書くのです。
何度も何度も書いては、私が読む、
次は私にそれを書くようにせがむ。(しぐさで)
それの繰り返し。
私は、話を全くしないK太くんが、
漢字をこんなに書けることに、ビックリしました。
こういう表現手段を見いだした(引き出した)、
親や先生などの力も大きいと思いました。
全然意味のない「会話」ではあるけれど、
そうやって、休み時間じゅう、K太くんと
字の書きっこをして遊び、K太くんは嬉しそうでした。

午後の授業は、体を動かすサーキットでしたが、
K太くんは、あまり体を動かすのはやりたがらず
もうボードはなかったけれど、手のひらで
食べ物の名前書きっこをしたくて、私にくっついていたのを、
何とか引っ張って、サーキットの活動に参加させたら、
遊んでもらえないとわかったからか、私からも離れ
しょぼんとした顔で、すみっこに座り込むことも多くて、
ここでもまた、対応の難しさを感じました。

そこが、先生方はさすがで、清掃の時も、
体力作りと減量も兼ねて、K太くんたちは
床を雑巾がけするのですが、疲れてすぐ休んでしまうK太くんを、
担任の先生は、「じゃあ、先生のところまで来たらゴールね」と
少しだけ前の方にいて待っていて、K太くんが近づくと、
また少しずつ先のほうに移動して、根気よく繰り返し声をかけて
とうとう長い廊下の最後まで雑巾がけすることができました。

子どもといのは、こうだと決めつけてはダメですね。
よく言われる、あせらない、でも、あきらめない、というのは
本当に、大事なことで、このたった一日でも、
K太くんの秘めている能力、いろんな思い、というものが
予想以上にあることを、いろんな場面で感じさせられて、
いろんな働きかけをしていくことで、
もっともっと引き出せるんだろうなと思いました。

こうして、一日一緒に過ごしたK太くん、
最後まで、手のひらに文字を書きあっこして、
少しはK太くんの気持ちに近づけたよう気がして、
もっともっと気持ちが通じるようになりたいと思い、
もっともっとK太くんのこと知りたい、
これからの成長も見てみたい、という気持ちになって、
なんかこれっきり、というのが、とてもさみしく感じました。
帰りのスクールバスを見送る時は、ウルウルしてしまいました。
K太くんは、すぐに忘れてしまうだろうな。
でも、私の中では、忘れられない存在になりました。
また来年も機会があれば、このボランティアをして、
K太くんに会いたいなと思います。


朝の会に始まって、帰りの会まで
要所要所で、子どものやるべきことや役割分担が
一人一人しっかり示されており、
たった一日だけでしたが、
養護学校では、一人一人の生徒に合わせて、
教材も授業の進め方も工夫がされており、
一人一人の特性や成長を、しっかりと見て
役割や課題が与えられているというのが、
よくわかりました。

また、先生方の立場から見て、
朝、子どもが来てから、帰り送り出すまで、
先生方は、一時も休む間もなく、トイレも交代で行く程度で、
常に子どもに目が届くようにしており、
子どもが暴れる時に限らず、体力も相当必要で、
普通の学校の、大勢の子をまとめ、
集団として指導していく難しさとはまた違う、
先生方の日々の大変さも、改めてよくわかりました。
個々に合ったプログラムや教材の開発の大変さは
妹の様子を見て、知ってはいるつもりでしたけれど。
(それがまたやりがいにもなるかとは思いますが。)

ただ、先生方の考え方や子どものとらえ方も様々で、
それはどこの学校でも同じでしょうけれど、
養護学校は先生の数も多いだけに、
いろんな先生がいますね。。。(いろんな意味で・・)


これまで、アイの進路については、
地域の中で育てたい、地域にお友達を作りたいと、
地元の学校に行くことしか、頭にありませんでしたが、
最近、先輩お母さん方の話を聞く機会が多く、
上の学年に進むに連れ、いろいろと問題も大きいことを
あちらこちらで耳にしたり、
また、保育所などでのアイの様子を見ていて、やはり
他の子と同じようには、集団行動することが難しいというのも
わかってきたりしたこともあって、
一人一人きめ細かく見てもらえる、養護学校という選択も、
私の中では、ぐっと大きく入ってきました。

前は、ショウガイがあるからと、隔離してしまうなんて
おかしい、いやだ、という思いしかなかったし、
誰もが一緒に暮らせる世の中になるためには、
どんなショウガイのある子も、
小さい頃から一緒に育たなくては、と思っていたけれど、
人的物理的な条件からいって、その子の力を伸ばすためには、
その子が生きることを楽しいと思うためには、
どんな環境が一番いいのか、やはり悩みますね。

それでも小学校は、今のところは、たぶん地域の小学校で、
とは思っていますが、中学校以降は、
養護学校を選ぶ可能性も大きいかもしれません。

もちろん、まだ、進路については、これからで、
特別支援のあり方も、今変わりつつありますし、
いろんな情報を集めたり、先輩方のお話を聞いたり、
また、自分の目で、近隣の養護学校を実際に見てから、
アイに一番合った環境を選べるよう、
じっくり考えていきたいと思っていますが、
これまで全く選択肢に入っていなかった養護学校を、
こういう形で知ることができたのは、とても良かったです。

K太くんと向き合うことで得たもののほかに、
アイのこととからめて、養護学校というものを見ることもでき、
(その日はK太くんのことで頭がいっぱいでしたが
 後で振り返ってみると、ですけれど)
中味の濃い、一日ボランティア体験でした。




☆ダウン症親の会(JDS宮城仙台支部「どんぐりの会」)の情報は、
 こちらをどうぞ!↓
どんぐりとともに」 


スポンサーサイト
[2007/09/02 07:07 ] | ダウン症・障がい | コメント(2) | トラックバック(0)
<<お知らせ | ホーム | わらしべ舎>>
コメント
ご苦労様でした!
私が「書いて~!」と言いながら コメント遅くなってゴメンね。
新潟に行く途中の携帯で読ませてもらいました。

とっても価値のある体験になりましたね。
そして K太くんとの時間は 多くの事を感じさせてくれるものとなりましたね。
K太くんの、文字を書くという事を身につけさせた方々、すごいですね。その事でK太くんが どれほど心を落ち着かせていられる時間が出来た事でしょう。
そして どこの養護学校でも 本当に先生方、頑張って下さっていますね。
障がい児達の可能性を引き出そう、伸ばそうと一生懸命ですね。
特に 知的の障がいの子が多い学校では、体も大変な事でしょうね。
ウチの地域は 隣同士に知的・肢体の養護があって、全く別の学校ですが、先生方の動きが、全く違う事が良く分かります。
肢体の学校は 抱っこしたりの体の負担ですよね。
どちらにしても 大変なお仕事です。

そういう現場を、教員の経験があるカメちゃんが体験出来たことも とっても良かったんじゃないかと思います。

普通の学校とはまた違った大変さを知ってもらえた事、大きい事だと思います。

そして 地域の学校に行くにしても、養護学校で見た指導は、地域の学校でも取り入れて活かされて行くべきだと感じます。
だって、養護学校で出来ている事が 地域の学校の中で出来る環境が整えば、全ての子が同じ場所で生活出来るようになるでしょうから。
きっと、今の地域の学校では 何かが足りなかったりするから 養護学校が未だに存在するんだと思うから。
我が子に どちらが得るものが大きいかで 今は選択するしかないもんね。

まずは地域の学校に行くのがいいと 私は思います。
地域の学校から 養護学校に移るのは簡単だけど、反対はね・・・。

K太くん、きっと忘れませんよ。自閉ちゃんの記憶力、私達よりずっとすごい事があるんだから!

『これからの成長も見てみたい』
ボランティアさんに こういう気持ちになって欲しいと 私もいつも思っています。

ご苦労様でした!
[2007/09/04 10:43]| URL | may #yErO6BWs [ 編集 ]
mayさまへ
いえいえ、お忙しいのに、長いコメントありがとう!

今回の記事を書いていて、なんだかダラダラと長く
書いた割には、特別感動的なことがあったとかいう
わけでもなく、人に読んでもらう記事としては、
どうかなーと思いましたが、mayちゃんには、
私の拙い言葉から、言わんとしていることを読み取って
補足してもらって、ありがたかったです。

もう少し整理してから書けば良かったのですが、
K太くんとの関わりから、一人の子の持つ、無限の
可能性や、いろんな気持ちの深さというものを
改めて感じて、どんなショウガイのある子でも、
計り知れない力と心の奥深さというものを持つことを
再確認したというのが一つ。
もう一つは、学校というもののあり方を、
考え直す、新しい視点ときっかけになったということ。
別々の次元の思索を、一緒くたに書いてしまったけれど、
mayちゃんは、ちゃんと両方を受け取ってくれて、
それぞれに対して、的確なコメントをくれて嬉しかったです。

学校のことは、実際の地域の学校を見て、聞いて、
そして何よりアイのことをよく見て、またじっくり
考えていきたいと思っています。

K太くん、忘れないでいてくれるかも、ですね。
その言葉に嬉しくなりました。ほんと、ある種の
能力は、普通の人にはないくらいだものね。

きっとRYOくんのまわりのボランティアの人たちも、
たくさんの喜びや、いろんなものをRYOくんから受け取り、
もっともっと近づきたい、知りたい、これからの
成長もみてみたいと、思っていることでしょうね。
助けているという思いより、こんな素敵な機会を
与えてくれたことに、感謝している人が多いと思います。
今は、そんな仲間がたくさんいて、楽しいね!
[2007/09/05 13:45]| URL | カメ #1CgDq8ng [ 編集 ]
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。